「家族と社会が壊れるとき」 是枝裕和 ケン・ローチ

「私は依頼人でも顧客でもユーザーでもない。怠け者でも、たかり屋でも、物乞いでも泥棒でもない。国民保険番号でもなく、エラー音でもない。きちんと税金を払ってきた。それを誇りに思ってる。地位の高い者には媚びないが、隣人には手を貸す。施しは要らない。私はダニエル・ブレイク。人間だ。犬ではない。当たり前の権利を要求する。敬意ある態度というものを。私はダニエル・ブレイク。一人の市民だ。それ以上でも以下でもない。ありがとう。」
 ――『わたしは、ダニエル・ブレイク』より

かたや1936年生まれ筋金入りの〈社会主義者〉のケン・ローチ、こなたイデオロギーというものに対する幻想が終わったあとに青春時代を過ごしたという是枝裕和。あの河瀨直美に読ませてやりたい一冊。

「青嵐の庭にすわる 「日日是好日」物語」 森下典子

◆2022年最初の読了本はこれ!
◆やっぱり映画の現場っていいですねぇ……
◆読んでる最中に映画本篇が観たくなり、半分読んだところで〈アマプラ〉にて鑑賞。で、その後に読了したのですが、なんかお正月に相応しいものを読んだ気分!

以下、著者インタビューより引用

20歳で始めたお茶が人生の喜びや試練に寄り添ってくれた。そんな自伝エッセーが「日日是好日(にちにちこれこうじつ)」のタイトルで映画化、平成30年秋に公開された。主人公・典子のお茶の先生を演じた樹木希林さんら出演者、スタッフとの出会いを通じ、自らの人生を見つめ直したのが本書だ。

映画では原作者、出演者に加え、撮影でお茶の場面をチェックし「OK」を出す指導役も務めた。

「指導役は、今思い出しても心臓をギュッとつかまれるほどの緊張感。でも、映画をみんなで作るんだという澄んだ空気が現場に流れていて気持ち良かった」

樹木さんは当時すでに病気を抱えていたが、「大丈夫よ、この映画を撮るまでは」と意気込みを見せ、完成後の記者会見まで終えて逝った。撮影中は気さくに控室へ招く一方、濃茶の点前をたった3回見ただけで演じる「神業」も。公開にも目を配っていたという。

「やると決めた映画に最後まで丹精込めてかかわった。仕事をするってそういうことなのよと教えられた。樹木さんと過ごした時間は財産です」

樹木さんがセリフを口にすると、「台本の言葉の、奥の奥にある意味が立ち上がってきて」目の覚める思いがした。そして、ある場面の撮影中、涙が止まらなくなった。

「ぼろぼろ泣きました。その心境を自分で理解したくて、この本を書いたともいえる。20歳だった自分が、いつの間にか、あの頃の先生の気持ちが手に取るように分かる年齢になっていたという感慨です」

自身の著作からは「年を取るのも悪くない」という人生の味わいが伝わる。本書も「還暦を過ぎても新しい体験、出会いが財産になる」と教える。

「明日に向かって人が元気に歩いていける。これからも、そういうものを書いていきたい」

(産経ニュース 2021年12月26日掲載 三保谷浩輝)

『日日是好日』 amazon prime video

◆この映画、大袈裟にはなにも起こらないのですが、実際にはいろいろとあるんです。人生には!
◆四季がある国に生まれたことに感謝、感謝!
◆ホンマ、原作を読んだときもそうでしたが〈茶道〉に興味津々になりますよね。
◆あんまりみんなが誉めるので〈樹木希林〉の出演作は観ないようにしていたのですが、確かにいいですね……

ホンマ、原作もいいのです!

◆お正月からなかなかエエもん観せてもらいました……

謹賀新年 壬寅元旦

2021年も引き続きコロナの影響でなんとも昏い一年でした。不要不急の外出云々というのも少々飽きが来たというか何というか……そういう意味では、読書の時間はコンスタントにとれたかなぁ……
◆2016年に逝去されたウィリアム・トレヴァー。冒頭の一編を読んだだけで、もう〈トレヴァー・ワールド〉全開。今後もう新しい作品にお目にかかれないのは、残念、無念。ウィリアム・トレヴァー『ラスト・ストーリーズ』 ◆短篇作家としての〈芸の力〉を再認識。ローレンス・ブロック『石を放つとき』 ◆今回、著者とは切っても切り離せない〈お酒〉が出てこないのが個人的には少々残念。ボリューム的には中篇ですが、中味は十分詰まっています。クォン・ヨソン『レモン』 ◆韓国人について、韓国系アメリカ移民について、健常者について、障碍者について、病気のこどもたちの親について、自閉スペクトラム症について、代替医療について、陪審制について、そしてなによりも家族について考えさせられた一冊。アンジー・キム『ミラクル・クリーク』 ◆個人的には最も出版を待ち望んでいた一冊であり、まさに期待通りの一冊。今回も粒選りの13作品が連作の形で並んでいますが、この続篇では特に〈老い〉について語られており、そこがなんとも印象的。いやぁ〜、考えさせられること多し……作者、訳者、読者、みんな齢を取りました。エリザベス・ストラウト『オリーブ・キタリッジ、ふたたび』 ◆日本の怪しいオッサンが主人公なら、完全にストーカー扱いされるに違いないストーリー展開ながら、そこはやはり〈おフランス〉、どこまで行っても洒落ています。アントワーヌ・ローラン『赤いモレスキンの女』 ◆プロローグからしてなんとも大時代の風があって非常によろしい。タイトル通りホテルが主人公のお話。荘厳で重たい雰囲気かと思いきや、語り手が章ごとに変わるため、軽妙なタッチの語りもあり、なかなか自由自在。謎解きが苦手な当方でも最後まで面白く頁をめくることが出来ました。アダム・オファロン・プライス『ホテル・ネヴァーシンク』 ◆2021年度フィクション海外短篇部門ベスト上位決定! ローレン・グロフ『丸い地球のどこかの曲がり角で』 ◆個人的には2021年度フィクション海外長篇部門新人賞決定! リン・マー『断絶』 ◆今〈大阪〉で、いや〈日本〉で一体何が起きているのかよくわかる一冊。岸政彦・柴崎友香『大阪』 ◆チェスのことは勿論、将棋や囲碁の嗜みもない者が読んでも、どんどん惹き込まれてゆく面白さ! そして、なんという〈美しい〉小説! ウォルター・テヴィス『クイーンズ・ギャンビット』 ◆新聞等でよく目にする〈入国管理局〉って一体どんなとこ?という疑問にフィクションの形を借りて答えてくれる一冊。中島京子『やさしい猫』 ◆いやぁ〜、あっという間の読了! 嫌な主人公たちが多い昨今、感情移入のできる魅力的な主人公たちの登場! これは続篇が楽しみ。マイケル・ロボサム『天使と嘘』 ◆〈マンチェスター市警 エイダン・ウェイツ〉シリーズ、回を重ねていくごとに確実に面白くなっているのに、三部作としてはこれでおしまいというのは甚だ残念!ジョセフ・ノックス『スリープウォーカー』
以上、なんだか全体的にエンタメ系が主流になってしまった一年でした。これもコロナの影響? 今年こそ平常に戻りますように……

「知識ゼロからの西洋絵画史入門」 山田五郎

以下、山田五郎の面目躍如たる「800字でわかる超ざっくり西洋絵画史」より引用!

◆二代源流を統合した西欧古典絵画

 西洋絵画の源流は二つあります。古代ギリシャの古典美術と、キリスト教美術です。前者は肉体を賛美し、写実的で立体的。後者は精神を重視し、装飾的で平面的。思想も表現も正反対な二つの流れは、古代ローマ帝国を経て、4世紀末から西欧に移動してきたゲルマン人の国々に受け継がれました。

 西欧独自のロマネスク様式を生み出すまで に、600年。ゲルマンの伝統とキリスト教を合体させたゴシック様式の成立までに、もう200年。 さらに200年を費やして、ようやくルネサンスが訪れます。

 ルネサンスは、古典美術の肉体表現を単に復興しただけでなく、キリスト教の精神性と 統合。油絵具による深く滑らかな陰影表現と遠近法で、古典美術を超えるリアルさを実現し、西欧独自の古典絵画を確立しました。

 そこからさらに400年。西欧古典絵画はマニエリスム、バロック、ロココを経て、1世紀末の新古典主義で完成します。

◆古典を解体し「何でもあり」状態に

 ところが、同じ頃に市民革命や産業革命が始まり、社会が激変。19世紀に入ると写真が登場し、リアルに描く意味が薄れます。にもかかわらず旧態依然の新古典主義に、若者たちが大反発。古典を解体し新時代の絵画を創る「西洋絵画維新」を興します。

 ロマン主義と写実主義、バルビゾン派は、聖書や神話ではなく、同時代の事件や風景を描写。印象主義とポスト印象主義、ナビ派は、滑らかな陰影表現を捨てて 「筆触分割」で光の印象をとらえ、遠近法を放棄して日本美術の平面性を導入。 象徴主義は画家の想像力を解放し、分離派とアール・ヌーヴォーは美術と工芸の垣根を取り去りました。

 20世紀に入ると、フォーヴィスムが色を、キュビスムが形を自由化。画家は対象を好きな色と形で描き始めます。ドイツ表現主義は個人の内面、未来派と構成主義は機械文明の美を表現。抽象主義に至ってついに具体的な対象を描くことをやめ、ダダイスムは芸術の意味そのものを否定。シュルレアリスムは無意識の世界を描くなど、西洋絵画は「何でもあり」状態に突入し、今日に至るのです。

「ルーティーンズ」 長嶋有

以下、著者インタビューより引用。

「’21年の新年に発売される文芸誌2誌から、同時に原稿の依頼を受けたのが始まりでした。長年作家をやってきて、同日発売の、同じ分野の別の雑誌に小説が掲載されるのは、たまたまとはいえ初めてのこと。それで最初は2つ同時に小説が掲載されること自体を面白がろうと思い、片方は夫の、もう片方は妻の視点で書こうと思いつきました。ですので、当初、登場人物の設定を作家にすることは考えていませんでした」

「この手法を取る従来の小説は、視点を変えることで意外な事実や皮肉な事態が露呈するなどがロンド形式で続くものが多い。でも、それはしたくなかった。人間はたいていお互いのことをよく知らないまま、皮肉もなく一緒に暮らしています。夫婦は互いに知らないまま、同じようなことをしていたりするものだと思うんです。ここに視点を変えてテキストを二重に書く面白みがあると考えました」

「前半の作品を書いていたときにコロナは既にありましたが、未曽有の体験のため、私たち自身が事態を咀嚼しきれておらず、反射的かつ感覚的に受け止めていたと思います。緊急事態宣言が出て緊迫感が一気に増し、全員がいっせいにゲートをくぐった感じになりました。この感覚を、2本の短編を分かつ装置として使いました。ブランコが上のほうでぐるぐる巻きになっているシーンを書きつけたことで限りなく私小説に近付いた。それで、この小説では自分の名前をはっきり出すことにしたんです」

「個人的には照れ臭く、青臭いと思っていた受賞の言葉が20年がかりの伏線になりました。コロナ禍になり、あの言葉(―書き続けます。明日が奈落だとしても―)と向き合い回収するのは今だ、と。今の世の中は奈落ですが、書き続けるしかない。20年めの弱腰の決意です(笑)」

「社会は複数のルーティーンで成立しています。誰もが、いろいろな現場でより合理的に考えて歯車化し、何らかのルーティーンの中に望んで入っている。そこを俳句的に見せたかったという気持ちもあります。コロナ禍でそういういろんなことが見えてきました」